2012年7月9日月曜日

法治と放置の狭間

大津の件で、ちょっと転向しつつある。

元々は、法治国家として厳正に裁かないと危ないと思っていた。 ネットでの私刑を正当化する理由が与えられてしまったら、誰がどうやって制御するのかと。 しかし、現実に今回の公の対応を見てしまうと、総論では私刑反対でも各論ではとても反対できない。

そんな残念な公とは対照的に、ネット上での動きは思いの外、上手くまとまっていると思った。 加害者に対して容赦がないのは恐ろしいけれど、機能不全の公を補完するには仕方なくも見える。 そして、暴走しないよう名も無きリーダー達が情報・状況を整理しつつ、To Doを挙げる。 なんだ。リーダー不足なんて話をよく聞くけど、適切な権限委譲が出来てないだけじゃないのか?

とにもかくにも法が神様。厳正厳格な法治国家であるべきだと思っていたけれど、 実はこれも1つの固定観点なのではなかろうか? 国にしても法にしても、あくまで手段や道具であって、 それそのものが目的ではないのだから。

まあ、だからと言って、法律なんてぶち壊してしまえとは全く思わない。 無理に二者択一することなく、公と私のいいとこ取りをしたハイブリッドな構成を目指せないだろうか。 そんな事を散髪しながら考えた。あー、頭がさっぱりしたのにさっぱりしない。

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